文部科学省指定研究開発学校

研究開発課題
「クリティカルシンキングを育成する中等教育
教育課程の開発」
研究期間 平成21年度〜23年度
1 研究の概要

 当校ではこれまで,平成15〜17年度「中学校・高等学校を通して科学的思考力の育成を図る教育課程の研究開発」,平成18〜20年度(延長3年)「中等教育における科学を支える『リテラシー』の育成を核とする教育課程の開発」をテーマに研究開発を行ってきた。これらは,科学・技術の基盤となる能力を高めるとともに,すべての生徒に科学への興味・関心を持たせ,科学的思考力を高めることをねらいとして研究を行い,多くの学校で実践可能な教育課程を提案することができた。また,生徒の能力を測り,変容をとらえることでカリキュラム評価を行った。その中で,生徒の関心の高さやプログラムの妥当性を得ることができたが,一方,独創的な分析力や書かれたテキストを批判的に読むことなどに課題が見られた。
 本研究では,これまでの研究開発の成果と課題を踏まえて,複眼的でグローバルな視点とローカルな視点を併せ持った(グローカルな)問題解決力と読解力の育成を目指してクリティカルシンキングを柱に据えた中学校・高等学校の系統的なカリキュラムを以下のプログラムで開発する。

(1)クリティカルシンキングの捉え方

当校では,クリティカルシンキングを以下のように設定する。

「適切な規準や根拠に基づき,論理的で偏りのない思考」

「よりよい解決に向けて複眼的に思考し,より深く考えること」

クリティカルシンキングのための具体的な問いは以下の通り。

どのようになっているか?----記述,解釈,問題発見(情報の収集・整理・解釈,問題発見)

なぜか? 何か?-----------------説明,理解(読解,観察,実験,そして帰納,演繹,必要条件提示,概念統合)

本当か?-----------------------------仮説的思考(記述・解釈・問題発見・説明・理解をチェックする)

他にはないか?--------------------複眼的思考(他の説明や理解が可能なケースを考える)

これらの問いをもち対象をより深く考えていく,《態度》,《知識》,《能力》の総体をクリティカルシンキングととらえる。

 このクリティカルシンキング育成プログラムでの新教科や新しい単元の開発,またそれらにおいて生徒の評価を行うために,下図に示してあるア〜クの具体的学習目標を設定した。(これを元に各教科で評価規準を作成している。)また,下図はこの学習目標と上記の問いとの関係をも示している。

 定義

主な問い

態度

知識

能力

ア(態度)

イ(知識)

ウ〜キ(思考・判断)

ク(表現)

よりよい解決に向けて複眼的に思考し,より深く考えること

どのようになっているか?

左記のように問い,考えていこうとする態度。また考えたことを振り返り,自覚していこうとする態度。

左記の問いに対する個別的知識(個々の事実)や概念的知識(法則や理論,意味や意義)の習得。

ウ(情報分析・問題発見):情報の収  集・整理・解釈,問題発見,およびその  チェック。

エ(論理性):適切な思考技能(帰納,  演繹,必要条件提示,概念統合)を用い  た説明・理解,およびそのチェック。

オ(科学性):適切な読解・観察・実験  等の結果にもとづいた説明・理解,およ  びそのチェック。

左記の問いにもとづき思考・判断したことについての,効果的な表現。

なぜか? 

何か?

本当か?

他にはないか?

カ・キ(複眼的視点):他の説明や理  解が可能なケースに関する思考・判断。

授業展開での配慮事項

 授業では,クリティカルシンキングの思考・判断を深めるため,特に「本当か?」「他にはないか?」の視点を定着させたいと考えている。そのためには,適した教材を取り入るとともに,例えば次のような具体的問いかけを意識した展開を図ることが重要である。

・不確かな前提になっていないか

・隠れた前提がないか

・論理の飛躍がないか

・大前提(ルール)と前提(ケース)の不一致がないか

・軽率な(早すぎる)一般化がないか

・不適切なサンプリングはないか(誤差,実験方法の適切性など)

・他の可能性(対立仮説)はないか

(2) クリティカルシンキング育成プログラム

 クリティカルシンキング育成プログラムでは,クリティカルシンキングの育成を「新教科:現代への視座」を柱として,「総合的な学習の時間」,「教科の中での発展的取り扱い」で取り組んでいる。その際,学年ごとの重点を置く視点や態度,教科間の関連などを議論し,それぞれの教科でのねらいを策定し,それにあう教材を開発し実践している。

 その取り組みをもとに,特徴的な内容・展開を「クリティカルシンキングの具体例」としてまとめ,教科間での連携,および学年進行に沿ったクリティカルシンキングの深化を図った。

 新教科「現代への視座」の科目配置も学年進行に合わせて深まるよう,具体的な事象から,抽象化されたより複雑な事象へと拡張するように配置している。(下図)

 

 クリティカルシンキングは,その基礎となる知識やパラダイムについての理解がなければ,単なる批判,否定となってしまう恐れがある。そのため,自然領域から社会領域に関する基礎的知識や視点(パラダイム,対象を認識する枠組み)を学ぶ科目の設定を行うとともに,通常教科・科目の中でも発展的単元を開発し,学習者にさまざまな知識や視点を与え,学習者が教科の枠にとらわれずにさまざまな視点を活用してより深い思考を実践できる取り組みを行っている。

(2)クリティカルシンキング育成プログラム

新教科「現代への視座」として中学校・高等学校の発達の段階と系統性を考慮した次の科目を創設する。なお,ねらいとする能力および扱う内容については学習指導要領と整合性を図る。

   ・中学校2年 「環境」(70時間)
   ・中学校3年 「地球科学と資源・エネルギー」(105時間)
   ・高等学校1年 「自然科学入門」(3.5単位),
              「社会科学入門」(2単位)
             「現代評論A」(1単位)
   ・高等学校2年 「数理情報」(2単位)
              「現代評論A」(1単位),
             「現代評論B」(1単位)

 

2 研究の仮説と目的


(1)現状分析など
 
 高度情報通信社会,経済・流通のグローバル化など,社会の仕組みが世界的規模で大きく変化している。その中で,資源・エネルギー問題や環境問題などは,長期的でグローバルな視点に立ち,なおかつ世界的規模で早急に解決していかなければならない問題である。一方,身近な生活,たとえば消費者としての市民生活を見ても,食の偽装問題や偽科学の問題など,多くの問題が発生しており,市民一人ひとりの正しい知識と判断力が必要となってきている。では,グローバルな背景を持つ問題がローカルに展開する社会において必要な教育とはどのような教育なのか。それは問題をローカルな視点を持って見いだし,これを創造的批評力を持って課題として確かに捉え,解決に向けて主体的に取り組み,持続可能な社会を構築していく人間を育てる教育が重要となっている。

 未来を切り開き,国際社会や地域社会に貢献する人材を育てるためには,グローバルな視点とローカルな視点を併せ持つグローカルな態度の育成が必要である。そのためには自然科学や社会科学をはじめとする基礎的素養を身につけるとともに,課題を発見し解決方法を模索して解決に向かって努力する問題解決力の育成と,コミュニケーションを図り的確に意見をまとめ表現する言語能力の育成が重要となる。これらの能力のベースとなるのが論理的思考力であり,内容を的確に読み取る読解力と自分の意見を正確に伝える表現力の育成が併せて必要となる。この論理的思考力や読解力,表現力の育成にあたっては,幅広い視点(複眼的視点)を養い,対象とする情報が,事実か,推測か,希望的内容か,また情報の発信源は信頼できるかなどについて的確に判断したり表現するクリティカルシンキングの視点が有効であると考える。ここで,クリティカルシンキングは批判的思考とも訳されるが,「相手を批判する」という意味ではなく,「適切な規準や根拠に基づき,論理的で偏りのない思考」をするという意味を持ち,「よりよい解決に向けて複眼的に思考し,より深く考えること」を意味する。その議論がどのような背景で語られているのか,根拠となる事実や理論はどういうものかなどをじっくり考え,正しい結論を導こうとする態度が求められている。



(2)研究仮説

 新教科や各教科の中で,クリティカルシンキングの視点を柱に据えた系統的カリキュラムと指導方法を開発し実践することによって,より複眼的でより深い思考力が育成され,グローカルな問題解決力および読解力と表現力の育成ができる。

(3)研究の目的
 創造的批評力を持って課題を捉え,解決に向けて主体的に取り組み,持続可能な社会を構築していく人間を育てるため,問題解決力や読解力,表現力,論理的思考力や科学的思考力の育成の技法としてクリティカルシンキングを柱に据えたカリキュラムの開発を行う。
 ここで,研究開発をすすめるにあたり,以下の5点を具体的課題として設定する。
(ア) 複眼的思考の基礎となる自然科学および社会科学分野の基礎的素養を高める。
(イ) 課題に対して注意深く取り組み,じっくりと考えようとする態度を育む。
(ウ) 論理的な探究方法や推定の仕方などについての知識を習得させる。
(エ) 書かれた文章および発表者の意見がどのような論点で語られているのか,また示されたデータなどを的確に読み取る読解力を育む。
(オ) 自分の意見を論理的にまた的確に相手に伝える表現力やコミュニケーション力を育む。
 このような内容を目標として,新教科「現代への視座」,総合的な学習の時間,既存の各教科の単元開発などを通して,すべての教科で取り組む系統的なカリキュラムづくりを行う。 

3 新教科・科目のねらい

 複眼的でグローカルな視点を持った問題解決力と読解力を育成するために,中学校,高等学校を通して学ぶ新教科「現代への視座」を創設する。

 設定学年および、「科目名」・(時間)・担当・内容は以下の通りです。

中学校2年
 
「環境」(週2時間) 担当;理科,保健体育,家庭科

「自然環境」と「体内環境」2つのテーマを設定し,環境と私たちの生活とのかかわりについて,科学的に探究する。それぞれに関連した基礎的知識を学ぶとともに,実験や調査を行い,データを基に身近な環境について考察する。また,自分たちの生活を振り返りどのような行動が必要かを考える。この科目では,教科の枠を超えて一つのテーマを追求する複眼的見方や,探究の方法,まとめ方や表現方法を主に修得する。


中学校3年
 「地球科学と資源・エネルギー」(週3時間) 担当;理科

地学分野は,「総合的な科学」と位置づけ,物理,化学,生物の学習後に位置付かせる。また,高等学校で地学の選択者が少ない現状と,当校の「自然科学入門」が,主に「エネルギー」「粒子」「生命」分野を扱うため,中学校3年で「地球」分野を集中的に扱うことに意義があると判断しており,この科目では,大地の変動,気象,天文など広範囲で発生する複雑な自然現象を学ぶ。そのため自然を見る様々なスケール感を育成することが重要で,時間的,空間的視点を学ぶ。また,防災教育も目標に取り入れ,地域の環境調査などにつなげていく。そして,理科の第7単元である,「科学技術と人間」「自然と人間」の内容もこちらへ取り入れ,自然を見る様々な視点の育成と,科学と人間生活のかかわりを考えられる内容を作っていく。


高等学校1年
 「自然科学入門」(3.5単位) 担当;理科

高等学校の必修教科として必要と考えられる科学リテラシーを育成するための科目とする。主に,物理,化学,生物分野の基礎的知識,科学の方法,科学と社会についての内容を扱い,それぞれ「力学的スコープ」,「粒子的スコープ」,「生命的スコープ」と題して,それぞれの分野から自然現象を見る視点の学習を強調して,科学的根拠に基づいて結論および判断していく能力を育成する。その際,理科総合A,理科総合Bのねらいを踏まえて構成する。 

 「社会科学入門」(2単位) 担当;公民科

経済や流通などを題材に現代社会を見るさまざまな視点を学ぶとともに,社会を統計などを使って科学的に分析していく能力を育成する。従来,現代社会で扱ってきた内容も精選して「現代社会を見る視点」として扱う。

 「現代評論A」(1単位) 担当;国語
「クリティカルシンキングのレッスン」として,評論を中心にして,的確に読み取り批評する能力及び的確に表現する能力を育成する。


高等学校2年
 「数理情報」(2単位) 担当;情報科,数学科

問題解決において必要と考える数学的思考力や技法を教科「情報」に取り入れた内容を扱い,情報に対する多角的な見方ができるように数学的リテラシーと情報リテラシーを育成する。
 「現代評論A」(1単位) 担当;国語科
「クリティカルシンキングの基礎」として,1年での学習を基礎にして,様々な評論を読むことで,クリティカルシンキングの技法や複眼的視点に基づいた考察を行い,読解力と表現力を育成する。これまでの「現代への視座」の他科目および他教科で学んだ内容や方法と比較したりすることで,クリティカルシンキングの育成と活用の場になるように展開する。
 「現代評論B」(1単位) 担当;英語科
英語で書かれた文章を題材に,クリティカルシンキングの視点を育成するとともに,異文化理解もねらいとする。論理的思考力,英語での読解力と表現力を育成する。大学の留学生との交流も計画し,異文化交流を通して,相互理解,自己理解を進める。

 この他,総合的な学習の時間および既存の各教科において,複眼的視点やクリティカルシンキングの視点を持つ論理的思考力を育む発展的な学習内容を取り入た単元開発などを行う。