広島大学附属福山中学校総合的な学習「LIFE」の実践 

卒業論文をつくろう

1.講座名 卒業論文をつくろう
2.対象 中学3年生31人(男子26人,女子5人)
3.学習の目標・ねらい 近い将来(高校生)の自己の理解・認識の成長を客観的に確認し,よりよい社会の成員としての自分に何が必要かを考えるため,現在の自己を,分析・理解・表現する。「卒業論文をつくろう」という目的に対し,自己の課題の発見,情報化社会における情報収集・情報分析,発表を前提とした批判的内容精選・内容構成・表現方法の工夫を通じて,自らの意見を論理的かつ効果的に発信できる態度と能力を育成する。

4.年間学習指導計画

学習のねらい 単元名 学習の具体的な内容

4 
 
 

5 
 
 

6 
 

 

 

 

 

・同じ分野に興味を持つ生徒が共同で 
研究できるグループを作る 

・研究の目的・内容 
・方法を確認する

・研究の目的・内容 
・方法を具体化す

る 
・視覚的効果と表現方法を学ぶ 

 

・執筆作業1

.テーマの選択 
 
 

.論文作成T

 

.論文作成U

・自分が興味を持つ研究を,アンケートを通じて客観化する 
・研究への具体的アプローチを,グループごとに構想する 

・論文のレトリックを学び,グループに欠けている視点を補い,方法を修正する 
・情報収集源の探索や内容構成の方法を具体例を通じて再構成する 
・情報収集,内容精選,内容整理,表現方法の工夫を通じて説得力のある論文構成の準備を行う 

 

 

 

 

 
・研究目的を確認しながら執筆作業を行い,論文の完成を目指す



・執筆作業2  
・研究目的を確認しながら執筆作業を行い,論文の完成を目指す
 
2 

学 

・研究内容を効果的に発表する 
・討論を通じて視野 
や視点を改善する
4.発表と討論
 
・論文の発表を通じて研究の意義や内容に関する共通理解を得る
・批判的討論を通じて,よりよい内容にできるよう相互に高めあう
 

5.具体的な学習内容1

1.単元名 「テーマの選択(1)」
2.学習の目標・ねらい
次ページのAのアンケートの「はじめに」「3年LIFEの時間とは」において,まず,
1 3年LIFE「卒業論文をつくろう」の時間は,選択生徒数が多かったため,2クラスに分かれて1年間を週1時間で実施すること。 
2 2クラスとも,2人の教官が違うテーマで,1年間を前期と後期に分け,学習すること。 
3 一斉授業の形式をとらず,生徒一人一人が自分で課題を設定し,自らの力で解決してゆく学習形態であること
を確認した。
また,アンケートの内容に関しては,
1 生徒自身が,疑問や関心を持っている社会的事象は何か。 
2 1を,どのような経緯で興味を持つに至ったか。 
3 これまで学習してきた(これから学習する)社会科の科目(分野)を,どのような興味・関心を持って学習してきた(学習してゆきたい)か。(これからのLIFEの授業にどう生かせるかを見る) 
4 なぜそのような興味・関心を抱くに至ったか。(社会科学習の) 
5・6 社会的事象に関する情報源として,最も有力であると考えられる新聞の内容に,日常的にどの程度触れているか。 
7〜10 社会事象に対して,どのような興味・関心を持っているのか。未来への指向性(問題解決の意識)はどの程度あるのか。 
11 自分が興味を持って,継続的に研究できるテーマは何か。
を,きちんと客観化し,かつ十分な説得力をもって自らの意志として表現できうるかという視点から構成し,50分の授業時間の範囲内で書かせ,提出させた。
3.学習の実際
A…アンケート

1999.4.8(木) 

「LIFE」について(1) 

はじめに 

3年LIFEの時間とは 

1.これからの1年間の予定 

2.方針についてのアンケート 

1 今,自分が興味を持ってることは何ですか。(いくつでも,何でもよい) 

2 1のことに興味を持つようになった理由を教えて下さい。 

3 次の社会科の科目(分野)の中で,興味のある順番に番号をつけて下さい。

地理的分野(   )      歴史的分野<日本史>(   ) 

歴史的分野<世界史>(   ) 公民的分野(   ) 

4 3の順番で興味を持つようになった理由を教えて下さい。 

5 新聞を読む時,どの順番で読みますか。番号(1〜5)をつけて下さい。 

政治面(   ) 経済面(   ) 社会面(   ) スポーツ(   ) 

テレビ(   ) 三面記事(   ) 広場(   ) 天声人語など(   ) 

6 5のような順番で読むようになった理由を教えて下さい。 

7 新聞やテレビなどを通じて目にしたり聞いたりするできごとの中で, 不思議だなとか,なぜだろうと思ったことを2つ以上あげて下さい。 

8 7の内容を,具体的にどのようにすれば理解できるようになると思います か。考えられる方法を教えて下さい。 

9 新聞やテレビなどを通じて目にしたり聞いたりするできごとの中で, 腹立つなーとか,つまらないとか不満に思ったことを2つ以上あげて下さい 

10 7の内容を,具体的にどのようにすれば理解できるようになると思いますか。考えられる方法を教えて下さい。 

11 こんなことをLIFEの時間で研究してみたいということがあれば,書いて下さい。

※アンケートの記述欄は,都合上縮小した。
4.まとめと課題
アンケートを集計した結果,次の3点が明らかとなった。
1.現在の社会に存在するさまざまな社会事象に関する正確な認識がほとんどできていないこと 
2.未来志向的思考(現在の社会の諸問題を解決してゆこうという考え)が,極端に弱いこと 
3.自らの意志を強く持てない精神的未熟さ,または表現しきれない技術的未熟さがあること

これらの認識の上で,自分の力で考え,問題を発見し,解決してゆくための,いわゆる「生きる力」を獲得させるために必要な実践として,つぎのような,「卒業論文をつくろう」というテーマを設定した。基本的方針は,以下の通りである。

<卒業論文をつくろう>

◎中学校1・2年生で学習した歴史・地理,3年生で学習する公民的分野,さらに他教科で学んだ学習方法と知識を生かし,現在の自分の興味と関心を主題として,写真や絵・文章を中心とした論理的な内容を作成し,発表する。 
◎2人〜4人のグループを作り,各グループが同一テーマで研究する。論文としての形式にはこだわらないが,目的・方法・内容を明確にして,他者を論理的に説得できるものにする。 
テーマの選定にあたっては, 
1.現代日本の社会問題を考える 
2.現代世界の諸問題を考える 
3.歴史上の人物に生き方を学ぶ 
という大きな3つのテーマの中からいくつかの課題を自らみつけて選択し,生徒自身の力で問題解決に関する建設的意見を述べる方向で研究を行わせる。ただし,課題の選定に関しては,興味を持って最後まで取り組めるよう,できるだけ現在の自分の生活や考え方に関係の深いものを選べるように適宜指導する。

6.具体的な学習内容2

1.単元名 「テーマの選択(2)」
2.学習の目標・ねらい

「テーマの選択(1)」において明らかとなった課題を克服するため,「卒業論文を作ろう」  というテーマを設定し,生徒一人一人が,興味・関心を生かして自由に研究テーマを設定できるよう,包括的3大テーマとして,

1.現代日本の社会問題を考える,2.現代世界の諸問題を考える,3.歴史上の人物に生き方を学ぶ 

の3分野を設定した。1は,現在学習している公民的分野との関連で,現代の社会的事象をど う解釈し,将来の私たちの生活にどう生かすか,2は,1年次に学習した地理的分野の知識を生 かし,地球的規模で展開される諸問題をどう解釈し,将来の地球上の国家や民族がどうあるべき かを,3は,2年次に学習した歴史的分野の知識を生かし,過去のさまざまな時代のさまざまな 人物の生き方や思想に学び,私たちの将来の生き方にどう生かすか,を考えさせるための指針と なるよう配慮した。

3.学習の実際

個人的な研究テーマを一人一人に設定させ,やみくもに情報を収集し,独り善がりな研究にな らないよう,グループを作ることを前提に,Bのアンケートを実施した。

ポイントは,
U.これからの予定

短い期間で発表しなければならないため,計画的な情報収集と執筆が必要となること。授業以外の時間も利用して研究しなければならないこと。

V.テーマの中の課題

自分が本当に研究したいと思えるもの,意義ある研究となる可能性の高いものを,自分の言葉で書かせる。

W.目的・方法・内容の決定

発表までの期間を,夏休みをはさんで,いかに有意義に使わねばならないか,を考えてもらうため,また,選択したテーマを継続的に研究しつづける意志の確認として,また,テーマに対す る想像力を豊かにするため,目的(なぜこの課題を選んだのか)・方法(どうやってこの課題を 研究してゆくのか)・内容(どのような内容でこの課題に対する意見をまとめるのか)の3点に ついて,現在の自分自身の認識の範囲内で,記述させた。

B…LIFEについて(2)

1999.4.22(木) 

LIFEについて(2) 

1.テーマ 
「卒業論文をつくろう」 
3大テーマ 
1.現代日本の社会問題を考える 
2.現代世界の諸問題を考える 
3.歴史上の人物に生き方を学ぶ     …どれを選びますか? 
2.これからの予定 
4月 … テーマの選定,課題づくり,グループ作り 
5月 … 情報源の精選,情報の収集,研究方法の研究 
6月 … 研究(内容構成),まとめ・執筆1 
7月 … まとめ・執筆2 
9月 … 発表 
3.テーマの中の課題 
自由に決めてよろしいですが,自分が一番興味を持てるものであり, 
最後まで取り組み続けることができるものを選びましょう。 
私のテーマと課題 
3大テーマの番号     私が研究してみたい課題 
(      )(                      )…第1希望 
(      )(                      )…第2希望 
4.目的・内容・方法の決定 
目的…なぜこの課題を選んだのか, 
この課題を研究することは,誰にとって,どのような意味があるのか など 
方法…どうやってこの課題を研究してゆくのか 
何を利用してこの課題を研究するのか  など 
内容…どのような内容でこの課題に対する意見をまとめるのか 
研究成果を,どのような形式でまとめるのか 
誰が,どのようにして発表するのか など

※記入欄は都合上省略した
4.まとめと課題
残念ながら,この段階では,自分自身の課題の設定ができない,課題が設定できても,課題に 対する認識が低いため,現在の生徒の知識・技能では,目的や方法などを客観的に文字にできな いなどという大きな問題があった。しかし,1人ではどうにもならないが,2人以上のグループ の中で互いに助け合いながら研究を進めれば,何とかなるのではないか,という,漠然としたか すかな期待を持って次の時間の反応を見ることにした。

7.具体的な学習内容3

1.単元名 「論文作成T」
2.学習の目標・ねらい
グループ分けをした時点から論文作成に入る。2人〜3人構成の13グループをつくり,教室 内で,具体的な研究内容の検討に入る。それぞれの生徒が考えてきたテーマや内容を,いかに統合し,具体化するのかを考えさせた。グループ名の決定とともに,論文作成のスタートとして, 重要な時間である。 
3.学習の実際

Cのプリント(集計結果(割愛))により,グループに分かれさせ,班長を決め,グループ名 を決めさせる。(Dのプリント(割愛)を提出させる)グループ名を決めるということは,複数 の生徒が一つの研究テーマに向けて進みはじめるということにもなる。

<C…グループ分けと今後の予定>

テーマと内容の一覧は,次の通りである。

A 現代日本の諸問題を考える

A−1 「日本を変えようの会」…経済の変化とその要因を考える

目的…自分たちが将来困らないように

方法…TV番組で経済特集を見る,インターネットを使う,本・新聞など,役所で資料をもらう

内容…好景気や不景気の原因・世界大恐慌の要因とその立ち直りについてなど

A−2 「砂漠に降る雨」…地域振興券は,慈雨の雨となりうるか

目的…地域振興券の偽造防止や得する使い方を通じて景気の回復について考える

方法…振興券をよく観察する,インターネットで調べる,新聞を読む

内容…振興券ができるまでの過程・景気の変動など

A−3 「日本と米軍」…日本とアメリカの関係のあり方を考える

目的…日本の将来に関わる問題を,自分たちの手で研究してみたい

方法…図書を主に利用する

内容…文章と図を入れて視覚にも訴えたい

A−4 「じれったい自衛隊」…軍隊と国家について考える

目的…ガイドライン法が問われる今,何らかの指針を研究したい

方法…図書館の資料,インターネット

内容…自衛隊とは何か・自衛隊は違憲か・これからの自衛隊は?

A−5 「流行でGO2」…日本の流行を考える

目的…日本の人間は,どんなことに関心を持っているのだろうか

方法…図書館や本屋へ行って,最近の流行についての本を読む。テレビを見る

内容…プロ野球や歌手・若者のファッションなどの流行と社会の関係

A−6 「バック・トゥ・ザ・フューチャー〜過去へ未来へ〜」…日本の流行を考える

目的…流行が社会に与える影響を考える

方法…雑誌,テレビ,インターネットなど

内容…だんご3兄弟とサスペンス物のドラマ

B 現代世界の諸問題を考える

B−1 「民族紛争」…世界の民族紛争を考える

目的…人々を不幸にする戦争は,無くならないのか

方法…図書館,図書室,テレビ,インターネット,新聞など

内容…現在と過去の民族紛争は,なぜ起こるのか(起こったのか)

B−2 「紛争組」…世界の民族紛争を考える

目的…戦争の悲惨さを後世に伝える

方法…マスメディア

内容…世界から見たNATO軍とユーゴの国内情勢 

C 歴史上の人物に生き方を学ぶ

C−1 「三国志(前半期)」

目的…正史と小説における劉備玄徳の差を研究する

方法…図書館

内容…黄巾の乱・官渡の戦い・赤壁の戦いから三国建立まで

C−2 「三国志(後半期)」

目的…歴史の移り変わりを人物を中心に研究する

方法…図書館で本を探す

内容…三国時代から晋の統一まで

C−3 「後世に最も多大な影響を与えた戦いを知る」

目的…歴史の中の大きなできごとである関ヶ原の戦いを深く調べ,歴史への関心を高める

方法…図書室で本を探す,インターネットなどを利用する

内容…関ヶ原の合戦でなぜ東軍が勝利したのか,合戦は後世にどのような影響を与えたのか

C−4 「某M大学歴史研究部」

目的…歴史に対する理解を深める

方法…本,インターネット,図書館など

内容…上杉謙信と宇喜多秀家の人生

C−5 「戦国大名の女性について」

目的…戦国時代の女性の権利,男女の差を知る

方法…図書室などで本を調べる

内容…戦国時代以前と以後の女性の権利や立場

4.まとめと課題
次の一覧にある通り,ユニークなグループ名が提出されたが,冗談半分に考えている生徒もお り,生徒の資質によっては,授業の中の話し合いの時間が,班名を決めるためだけに費やされたりして,時間の浪費が目立つこともあった。

8.具体的な学習内容4

1.単元名 「論文作成U」
2.学習の目標・ねらい
・各班の班名とテーマに即した内容構成を考える
・情報収集のための手段を考える
3.学習の実際

ここから,各班は,資料集めに入る。しかし,各班の構想を具体化することが先決であると考 え,E(LIFEについて(4)…割愛)の用紙を配布し,各班で,3章ないしは4章にわたる全体構成を考えさせた。よくある手法だが,各章の小テーマは,疑問形にすると考えやすく,そ の疑問に答える形での各章の内容構成を立案させた。かなり具体的な章立てを考えている生徒も いたが,依然として,班内の意見の一致が見られず,先に進めない生徒もいた。このような生徒 には,班のテーマに即して,最低限,何と何を考えなければならないかを教示し,具体的な章立 てと資料収集の例を示した。(はじめに…第1章…第2章…第3章…おわりになど)

資料収集にあたっても,図書館とコンピュータ教室を開放し,自由に情報収集できるよう便宜 を図ったが,コンピュータ教室のコンピュータを利用して,インターネットで検索をかけ,情報 を集める班が多かった。

4.まとめと課題

研究の目的意識がはっきりしないために,むやみに本を読む生徒,インターネットのホームページは,特定の思想に偏る傾向があると注意したにもかかわらず,公平さを欠く情報を鵜呑みにする生徒が多いことなどは,情報化社会においてどのように情報を取捨選択するかという,現代社会における重要な問題を十分に考慮できていない証明でもあった。このような生徒に対する指導は,非常に大切であると考える。

以後の学習の展開については,夏休みを挟んで,2学期に継続する。(以下略)