奈良女子大学文学部附属中学校の実践事例
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総合的な学習を表すタイトル

総合教科<奈良学>

キーワード,分類

地域学習,テーマ(課題)探求型学習,フィールドワーク,発表会

総合的な学習に対する考え方

フィールドワーク(探求・調査活動),レポート等にまとめる活動,発表や提言をする活動などを重要視している。

総合的な学習の目標(目指すもの)

<奈良学>の学習をとおして,「自分で課題を見つけ,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する」などの能力,「生きる力」を育む。

総合的な学習の実践形態

中学3年生の1年間で実施。オリエンテーションの後,生徒自ら相談しながら班編成をおこなう(1班8〜9人)。班ごとに一つのテーマを設定し,それを1年間かけて自主活動(探求学習・フィールドワーク)をおこない,3学期に学習活動の成果をレポートにまとめて発表会を開催している。3〜4班ごとに顧問教師がひとりずつ付く。

推進組織

国語,社会,工芸,英語の4人の教師が担当

文献

奈良女子大学文学部附属中学校研究紀要第33(1992)
奈良女子大学文学部附属中学校研究紀要第36(1995)
奈良女子大学文学部附属中学校研究紀要第38(1997)

コメント(実践から参考になること)

生徒たちは,奈良学をとおして奈良という郷土を多様な視点で見つめ,その中から課題を発見し,探求するといった地域に根ざした学習活動である。特徴的な点は,机上だけの学習ではなく,実際に課題となる現地を訪問・調査するなどのフィールドワークを重視していることと,「知事・市長への提言」という課題を与え,郷土が抱える現実の問題をどのようにしたらよりよく解決できるのかを考えさせる仕掛けがある。これらによって「学び」が総合化されており,よく練られた素晴らしい実践である。

1.中学3年総合教科<奈良学>の学習とは

班ごとに一つのテーマを設定し,1年間かけてそのテーマを追究する。
班内で主たる分野担当者(国語,社会,英語,工芸の各分野−担当教科に基づく)を決めておき,各分野担当者が,それぞれの分野からテーマにアプローチしていく。
ただ単に調べて終わりとさせず,追究したテーマが現在置かれている状況について今後どのようにあるべきかという事を考えさせるために,「県知事・市長への提言」をレポートに入れさせる。たとえばテーマを「能」にしたとすると,国語分野担当者は『風姿花伝』や謡曲の国語学的・文学的学習,社会分野担当者は「能」の歴史の学習と現状の調査,工芸分野担当者は能面の作成や芸術性の学習,英語分野担当者は諸外国での「能」の紹介のされ方の調査や自分たちが調査したことの海外への発信(留学生への明,インターネットでの紹介など)などの活動をする。そのうえで,各担当者の調査内容を生徒相互が学習することで,「能」を総合的に学ぶことができ,その上で知事・市長への提言を考えさせることにより,学んだ事柄をより総合的に見ることができるのではないか,と考える。

2.オリエンテーションに使用した「奈良学」プリント(抜粋)

中3奈良学プリントNo1-------------

奈良の伝統文化をさぐる

1.奈良学とは?−いろんな角度から「奈良」を学ぼう−
1自分たちで“問題を作る”
2どのようにすればその問題を解決できるか「考え」ながら「行動」し,同時に「行動」しな がら「考える」 
 「行動」の例…本を読む,人に話を聞く,現地へ行く,体験する
3集めた材料をもとにして「考え」,問題に対する「答えを出す」
4調べたことや考えたことを人に「伝える」
2.1年間の大まかな流れ(年間計画プリント参照)
3.班わけと班ごとの自主活動開始まで
◇班と班員の数とテーマ決定
 クラスごとに1班8〜9人ずつ(男女半々)で全15班。
 自分たちで相談して班分けし,班ごとにテーマを決める。
◇班のなかでの役割を決める
 1 班長(全体のまとめ役) )
 2副班長(班長の補佐と会計担当
 3各分野の主たる担当者(国語,社会,工芸,英語の各分野ごとに2〜3人ずつ)を決める
◇班ごとに活動を開始(3〜4班ごとに顧問教師が一人ずつつく)を決める
4.テーマのいろいろ
◇古都(藤原京,平城京)◇奈良の社寺◇道(山の辺の道等)
◇各地の遺跡(石仏,石塔,古墳等)◇自然(春日山,鹿)
◇町(奈良町,稗田町,郡山,天理,今井町など)
◇伝統産業(墨・筆・すずり・紙,奈良漬,奈良ざらし,和菓子,金剛砂奈良団扇,高山茶室,
三輪そうめん,高田の靴下産業など)
◇伝統工芸や伝統芸能(舞楽面,伎楽面,能面,薪能,一刀彫,赤膚焼)
◇各地の祭りや各地の年中行事
※これらの例はあくまで参考。この中から選んだからといってうまくいくとは限らない。これ以外のテーマでもうまくいくテーマはあるはず。いろんな各教科に関連しそうなテーマを選ぼう。

5.レポートの提出と発表の形式
◇レポートや発表の形式は多種多様でよい

・レポートの形式
日本語レポート&英文の要約は必ず提出,その他に制作した作品などがあればそれも提出
・全体発表での発表形式…模造紙で図解,ビデオ上映,スライド,OHP,劇,紙芝居,授業風にするなどなど,きみたちの工夫次第でよりよいものになっていくはず
◇レポートの最後に「奈良県知事(市長)への提言」を入れること。これは,調査した「伝統文化」が現在おかれている状況,問題を考えるためである。優秀な提言は,レポートを知事や市長へ持っていく予定。
6.世界との交流
パソコン通信,姉妹都市との交流,留学生との交流などもできればおこなう。
7.フィールドワークに出るときの諸注意
1出かける前には必ず,活動計画書を担当教官に提出し,承認を得ること。(できるだけ前日までに)
2訪問先の都合をよく考えて,事前に訪問の意図や訪問してもよい時間を確認しておくこと。絶対に礼儀を失することのないように。必要ならば,顧問教師から「訪問依頼書」をもらっていくこと。
3フィールドワークに出かけた後には必ず「活動報告書」を提出する。(翌日には必ず提出すること)
4万一,フィールドワーク中に事故など不慮の事態が生じたときには,すぐに警察に駆け込むか学校に電話すること。
1月には,優れたレポートがたくさん提出されることを期待しています。

3.班の編成

男女半々で1班8名という枠組みだけを与え,あとは生徒に任せた。1班8名という人数は,実際に活動を始めると動きにくかったり,意志疎通がスムーズにいかなかったりするという難点があり,数としては多い。大体4〜6名程度が適正人数と考えられるが,そうなると今度は30班という数になり,4名の教師で面倒を見るにはいささか多すぎるという問題が出てくる。そこで,少なくともこの年は1クラス5班,全15班でやっていくことにした。

4.テーマの決定まで

班が決定したら,次はテーマを決めねばならない。テーマは「奈良の伝統文化」という枠の中で決めることとした。当然生徒たちが班で相談して決定するのだが,教師4名が活動開始前にチェックをした。その理由は次の諸点である。

1他班とテーマが重なった場合に,文献調査や訪問先などが重複し,同じようなレポートが出される可能性が高いので,それを避けるためである。

2一ないし二教科の分野で終わらない多教科にわたるテーマを追究させたいと考えたからである。

3文献調査だけで終わらないようなテーマ設定をさせたかったからである。文献調査はもちろん大事なことだが,それに優るとも劣らないのが,現地調査や聞き取り調査である。いろんなところへ行き,いろんな人の話を聞くことで,活字だけでは得られないものを得ることができ,また活字で得られた知識に血肉が通うことになる。

テーマ決定までにかかった時間は班によってまちまちだが,テーマ決定に丁寧に時間をかける方が,その後の活動がスムーズに進む場合も多いため,あまりせかさないようにした。

慎重に2〜3週間かけてテーマを決定した。各班には,担当教師を一人ずつつけた。その班の全体的な面倒を見て,適宜アドバイスをする役割である。しかし担当した班のテーマについて,担当教師はあらゆることを知っているわけではない。自分の教科に関することについては比較的有益なアドバイスができるが,それ以外のことについて質問が出たり,助言が必要な場合は,専門の先生へ聞きに行かせることになる。つまり国語的な事項については国語の教師の,工芸的な事項については工芸の教師の援助を受けるわけである。また,自然科学分野の質問やアドバイスが必要ならば,理科の先生(奈良学には参加していないが)のところへ行くように指示することになる。 

5.年間計画表(1995年度)

6.実践事例

A組3班 テーマ「ならまち」

■活動経過

テーマの決定については,最初は「奈良の鹿」としていたが,他班と重なるために再度考え直
して「ならまち」とした。そのためテーマ決定は,6月にずれ込んだ。
6月前半
活動計画の立案。インタビュー内容を考えることとその英訳。奈良女子大の図書館で,奈良町
の規模や歴史,奈良町の伝説,奈良町の家々の作りなどに関する文献調査。
6月後半〜7月前半
全員で奈良町をフィールドワーク。奈良町史料保存館,奈良町資料館,今昔工芸美術館,奈
良町物語館めぐり。さらに詳細な文献調査(奈良の伝説,奈良町の地形,家の作りなど)。
9月後半〜10月前半
今後の活動計画相談(庚申祭り訪問。町の人へのインタビュー項目作成。神話の英訳。模型の
作製など)。インターネット用の英文作成。近世奈良町についての文献調査。「箱階段」模型
の作製開始。新薬師寺訪問。
10月後半〜11月前半
「ならまちわらべうたフェスタ」の参観,録音,撮影。寺社や街並みなどの写真撮影。インタ
ーネット用の英文完成。中間発表会の準備開始。
11/24中間発表会(本校の公開研究会で発表)
12月〜1月
市役所への訪問(世界建築博や奈良町の建築に関する法律的な事柄についての聞き取り調査)。
奈良町のビデオ撮影。レポートの作成。

■レポートの概要

1国語分野

・わらべ歌の伝承についての考察
・ならまちわらべ歌フェスタ95のようす
・音声館の紹介

・代表的わらべ歌の紹介
・奈良に伝わる昔話の紹介と現地訪問記
(不審が辻子の鬼,こども好きの恵美須神,林神社・饅頭,猿沢池・十文字,鎌の槍,二月堂・
良弁杉,手向山八幡宮・菅公腰掛け石,東大寺・鯖)

2社会分野

・奈良町の成立(年表)
・奈良町を含む奈良の動き
・奈良の火災の歴史
・奈良町の小寺と遺宝
・江戸時代の奈良町の政治
・町の移り変り
・産業の発達−奈良晒,酒と墨,奈良団扇,奈良人形
・明治維新
・町政の移り変わり
3工芸分野

・奈良町の家についての特徴(間口が狭くて細長い,格子,煙出し,むしこ窓,あげ床几,箱階
段,明かりとり,蔵)
・庚申さんについて(庚申祭り,身代わり猿,こんにゃくのみそ田楽)
・世界建築博覧会(基本方針,会場の紹介)
・奈良市都市景観形成地区

4英語分野…上記各分野の調査内容の英文による紹介

NARAMACHI INTRODUCTION
1,PINECONE SCAPEGOAT MONKEY
2,OLD OR NEW?
3,WE ARE IN NARAMACHI, AREN’T WE?
4,ANCIENT STREET AND THE HOUSES
5,INTERVIEW FOR FOREGNERS IN TODAIJI TEMPLE


5結論

私たちは一年間奈良町について勉強してきて,奈良町の景観や保存の問題の難しさ,複雑さを知りました。市長さんへの提言をまとめるときにも,1つ案を考えるごとに1つ新しい問題が出てくるように思えました。今まで私たちは奈良町の近くに住んでいるにも関わらず,少しも奈良町のことを念頭に置いていず,景観問題も「何か聞いたことある」ぐらいしか知りませんでした。
今回奈良町について自分たちの手で調べてみて,しっかりした意見を持つということはできなかったけれど,奈良県民なのだということを少しは自覚できたと思います。奈良町はどうあるべきなのでしょうか。私たちはこの一年の知識をもとにこれから先ずっと私たちの奈良町を見つめていきたいです。

6奈良市長への提言

奈良町は中途半端に古い家と新しい家が混じり合っているので,奈良町の文化を残すことを前提に,それを改善する方法はないかといろいろ考えてみた。

1.岡山の倉敷や岐阜の高山のように,古い家を集めて土産屋,民宿,美術館,博物館などにしてテーマパークのようなものにしてはどうか。住んでいる人には移動してもらう必要があるが。道は砂利道にして電信柱は地中に埋める。店の看板はのれんにして,電灯も街並みにマッチしたものにする。
2.1が無理ならば,少し手遅れかも知れないが,新しい家々が建っていくのを防ぐべきだ。
ポスターは決められた場所しか貼れないようにする。これから定められる「奈良町都市景観形成地区」には奈良市が修理などの責任を持つ。

上記二つの意見を実行するにあたって,一番重要となってくるのは奈良町の人々が自分たちの町を守っていこうとする意識だと思う。建築博のために建てられた“音声館”や“格子の家”などでもっと活発に行事を行って奈良町の人々に関心を持ってもらえるようにしていくという責任は奈良市にあるのではないだろうか。
建築博については賛成する。世界の人々に奈良町を知ってもらういい機会だと思うし,それは愛町心を育てることにつながるだろう。それだけの意味を持っていただけに開催日が延期されたことには少し怒りを覚える。なぜ工事が12年分も遅れているのか。その分トリエンナーレの回数が増え,出費がかさむ。お金が少なくなると工事が進まないし,無駄な出費であり,誰にでも分かる悪循環である。その12年のもったいない時間を使う方法はただ一つ。その前にテーマパークを完成させるしかないのだ。もちろん絶対ここを動きたくないという人もいるし,なかなか難しい問題であることは私たちにも分かる。完全に仕上がったものでなくてもいいではないか。高山市にできて奈良市にできないわけがない。情報交換などからはじめて,長
い期間をかけて作り上げていけばいいのである。第一段階である奈良町住民の愛町心を高めるということさえうまくいけば,人々も次第に理解していってくれるだろう。これからは古都奈良の名所の一つとして奈良町を挙げられるようにしていって欲しい。
奈良市は奈良町の問題以外にも多くの問題を抱えていることと思いますが,そのことは考えずに生意気なことばかり言いました。でも,この奈良町の問題は今,解決せねばならない問題だと思います。

■班員の感想紹介(抜粋)
▽奈良町にはこれまで何度か訪れていて,猿のぬいぐるみも買ってもらっていたが,いろいろと疑問を持っていた。「なぜ猿なのか?」「なぜこんな色とポーズなのか?」「なぜこんな細長い家ばっかりなのか?」などなど。私は工芸係だったのでこういうことを調べるには都合がよかった。
自分の興味のあるところから調べ始めた。結構おもしろい。調べものも模型づくりも比較的楽しかった。奈良町はどうあるべきか−正確な解答は出ていないが,私としてはこのまま独自の文化を守り,伝えて欲しいと思う。いろいろと問題はあるが,それらを乗り越えて過去・現在・未来へとつながって欲しい。沢山の人に奈良町の良さを知ってもらいたい。
▽インターネットの文章づくりに手間取って思い通りに行かなかった。返事は結局来なくてがっかりしたけど,英文をつくる力はついたと思う。あれだけの文章をすべて英訳し終わったときは喜びよりも感動があった。もう一つ奈良学で自分が変わったと思ったのは,奈良市庁での聞き取り調査の時だった。聞きたいことはあるのだが,一緒に行った人に頼りっきりになっていて,情けなかった。しかし,最後に聞きたいことを一気に出すように気になっていたことをすべて聞くことができた。そのとき自分でああ変わったな,と思った。それもこういう機会をつくってくれた奈良学のおかげだと思う。
▽この一年の私の奈良学は,行って,見て,聞いてだったと思います。それを形に残すということが全然できていません。自分の中にその経験を溶け込まさなければ,それは何の意味も持ちません。私は一年を終えてみて,初めてそれが分かったような気がします。奈良町の景観保存の問題はとても難しいと思います。いろんな人が譲り合って,我慢しあって初めて奈良町は成り立ちます。それが何となく悔しいような,嬉しいような気がします。自分に対していろんな後悔が残ってしまったけれど,少しは物事を見る目が養われたのではないかと思います。
▽私は奈良町に住んでいる。小学校でも社会の時間に奈良町について学習した。だからテーマが奈良町になったときには「なにを今更」という気持ちであった。ところが難しい。難しいのである。小学校では先生が提示する問題を先生のいうやり方で調べればよかったが,今回は違う。なにからなにまで自分たちだけでするのだ。その上私の担当は「国語」。果たして今まで奈良町を国語分野から眺めたことなどあっただろうか。と言うわけで滑り出しは決して好調とは言えなかった。まずなにをしていいのかよく分からない。一学期は徒に文献を漁るだけで意味なく過ぎてしまった。そして二学期。中間発表がある。何一つ進んでいない。大変だ,というので必死に考えあぐねた末「昔話とわらべうた」という案が浮上した。今思えば,なぜもっと早く考えつかなかったのか不思議だが,調査はこの線に沿って非常に良く進み,中間発表もうまくいったと思う。
自分でテーマについて考え,自分で資料を探し,自分の足で現地へ出かけて自分なりに結論を出すのは大事なことだ。特にフィールドワークはとても大切だと思う。本などで見るのと実際に本物を見るのとでは全然感じ方が違うからだ。教室で教科書めくっているだけが勉強ではない。多くの中学生が必死に受験勉強をしているこの中三の時期に,こんな経験ができて本当によかった。

この班は最優秀班に選ばれ,3学期終業式当日の総合教科発表会で全校生徒の前で報告した。