3.酸性雨の化学分析について

    −この開設は酸性雨調査プロジェクトのホームページに掲載したものです−

1)化学分析の必要性について            
 酸性雨調査プロジェクトでは,平成7年度より雨水のpHの測定がおこなってきました。酸性雨とはpHの値が5.6以下のものを指しますが,これは,大気中に存在している二酸化炭素が雨水に溶けて平衡状態になった場合に,pHがおよそ5.6になるからです。つまり,酸性雨では二酸化炭素以外の酸性物質が雨水に溶け込んだことによって,pHが5.6より低い値を示しているわけです。観測の結果より,日本に降るほとんどの雨がいわゆる「酸性雨」であることが明らかになっています。
 レインゴーランドで採取した雨を,降り始めより順に測定すると,降り始めの雨のpHの値がその後の雨と比較して低い場合と高い場合が見られます。pHの値が初期降雨で低いのは,大気中に漂う汚染物質が,降り始めの雨に最も多く吸着されるためだと考えられそうです。逆に,初期降雨でpHの値が高くなるのは,酸性雨にさらにアルカリ性の汚染物質が混入した可能性があります。アルカリ物質が混入すると,雨水中で酸性物質とアルカリ性物質が中和してpHの値が高くなるのです。平成7年度の測定でも,pHが7をこえるアルカリ性の雨も観測されており,アンモニアや石灰などのアルカリ性の汚染物質の存在が予想できます。
 pHのみの測定では,雨の降り始めからのpHの時間変化が,酸性の汚染物質が雨水に溶け込んだ「量」のちがいによるものか,アルカリ性物質が混入して中和されたためかを判定することはできません。
 そこで平成8年度の観測では,pHに加えて雨水の電気伝導度(EC)の測定を加えることになりました。電気伝導度は,電流の流れやすさ流れにくさを表し,数値が大きいほど電流が流れやすいことを示します。雨水の電気伝導度は電流を流す役割をするイオン成分を多量に含むか,少量含むかを表しており,汚染度の目安となります。例えばpHが同じで電気伝導度が低い雨と高い雨を比較すると,電気伝導度が低い雨はイオンの量が少なく,電気伝導度が高い雨では物質が多量に溶け込んでイオンの量が多い。つまり,後者はより汚れた雨であると判定できます。
 さらに,イオンクロマトグラフィー(IC)による雨水中のイオン濃度の測定をおこなうことによって,雨水のpHに影響を与えているイオンの種類,ひいては雨水を汚染している原因物質を明らかにすることができます。イオンクロマトクラフィーとは,イオンをクロマト分離することによって検出するための手法の総称で,雨水の中にどのような種類のイオンがどの程度の量含まれているかをppm(100万分の1)〜ppb(10億分の1)レベルで分析をすることができます。
 環境庁が1983年〜1988年に実施したモニタリング調査では,pH,電気伝導度の他に,H+,Cl−,NO3−,SO4−,Na+,K+,Mg2+,Ca2+などがイオンクロマトグラフィーによって分析されました。酸性雨調査プロジェクトの雨水の分析もこれに準ずる形でおこないました。
 分析した試料は72サンプルで,いろいろなイオンの含まれる量が示している意味やデータの見方については,それぞれのイオンの解説を参照して下さい。
2)雨水に溶けているイオンについての解説
<塩化物イオン[Cl−]>
 Cl−は海水中にNaCl(塩化ナトリウム)が大量に含まれているため,海水が風の力で空気中に吹き飛ばされ,そのようにしてできた塩の粒子が雨に溶けて降下してくる場合に多量に検出される。また塩化ビニルを燃焼させるとHClが排出され,ゴミの焼却が原因で発生することもある。
 冬季には,道路の凍結防止剤としてCaCl2が散布されるため,寒冷な地域や温暖な地域でも高速道路の周辺などでは濃度が高くなることがある。
 自然界でも火山からHClが放出されることもあり,九州では火山の噴火後にHClの多く溶け込んだ雨水が観測された例がある。


<硝酸イオン[NO3−]>
 NO3−は,ほとんどが石油や石炭などの化石燃料の燃焼で生じたNOxが太陽の光を受けて変化する「光化学反応」を受けて生成されたものである。自然に発生する量は極めて少ないため,人間活動に基づく汚染物質の指標として考えることができる。
 自動車のエンジンなど非常に高い温度が発生する場合には,空気中の窒素が酸化されてNOXが作られることもあり,自動車の交通量の多い都市部ではNO3−の値が高くなることが多い。

<硫酸イオン[SO42−]>
 SO42−もNO3−と同様に,主として石油や石炭の燃焼によって生じるSO2から生成される。これは石油などの精製の過程で,不純物として含まれているS(イオウ)が完全に除去されていないため,燃焼の際にイオウもいっしょに酸化してSO2ができるのである。
 また海水中にもNaSO4などが溶けているため,海水1kgあたり2.8gの割合でSO4イオンが含まれている。風で海水が巻き上げられて,海水から生成した塩の粒子が大気中に多くただよっているときには,雨水中のSO42−の濃度が高くなることがある。海水が影響しているときは,Na+の量も多くなるので,その点に注意をして比較すると良い。

<ナトリウムイオン[Na+]>
 Na+は海水中に多量に含まれるため,海水から生成した塩が雨水にどの程度含まれているかを判断するために用いることができる。Na+の量を基にして計算をおこない,SO42−やCl−の量を海水からの塩の影響を取り除いて考えることもできる。

<カリウムイオン[K+]>
 K+は植物の中に多く含まれている成分であるため,木材や植物の葉を燃やしたときの煙などがあると,雨水中に多く取り込まれる。しかし,一般には濃度は低い。

<マグネシウムイオン[Mg2+]>
 Mg2+もNa+と同じように海水から生成した塩の粒子以外の発生源はほとんどない。また,海水中に含まれる割合もナトリウムにくらべて低いため,ふつうはあまり高い濃度になることはない。

<カルシウムイオン[Ca2+]>
 Ca2+は土壌やコンクリートに多く含まれているため,コンクリートの壁や床にあたって跳ね返った雨が混入すると高くなることがある。またCl−と同様に,道路の凍結防止剤としてCaCl2が散布されるため,高速道路の周辺などでは濃度が高くなることがある。また学校のグランドでラインを引くために用いられる石灰も,風に巻き上げられて雨水に混入すると,濃度が高くなる。
 これらのCaを含む物質には,石灰などのようにアルカリ性の成分があり,混入すると酸性雨を中和することがある。