2.酸性雨調査プロジェクトの意義

 
今回の「酸性雨調査」プロジェクトは幾つかの特筆すべきユニークな視点を持っている。まず、小、中学や高校の生徒が北は北海道、南は沖縄と全国で一体となって環境問題としての酸性雨調査を環境学習の一環として乗り出したことである。しかも、調査方法、調査器具はもちろん、調査手法も統一し、調査精度も専門家にけっして遜色ないものである。さらに、今後情報通信の中心の一つとなると思われるインターネットを利用し、酸性雨の統一的データーベースを独自に作成し、ホームページを開設し、日本のみならず世界公表しようということである。ここでは、まずこのプロジェクトの対象である酸性雨調査の学術的、社会的意義から述べることにしたい。   
 地球温暖化やオゾン層の破壊の問題と並んで深刻な地球環境問題の一つが「酸性雨」である。現在、西ヨーロッパから北欧一帯、中国〜朝鮮〜日本、北アメリカ西、東部一帯の雨水の年平均ペーハー値は四〜五まで低下している状況がある。
 この酸性雨や酸性霧が直接的に、また大気中に蔓延している亜硫酸・亜硝酸ガスや酸性浮遊物質が自然の生態系及び動植物を目に見えないがじわじわとむしばみ、それがやがては顕著な危害となって現れている。ドイツのトウヒ林「黒い森」は、大気汚染、酸性雨による森林被害の例としては余りにも有名である。21世紀の初頭までには、ヨーロッパの森林の大半が被害を被ると予測されている。さらに、北欧のスカンジナビア半島南部やアメリカ合衆国北東部では、酸性雨のため大半の湖沼が酸性化し、そのためカワマスなどの魚類や貝類がまったく棲息しない、「死の湖」が数多く出現している。
 最近わが国においても「酸性雨・霧・露」被害が顕在化しつつある。例えば、関東地方や関西、瀬戸内地方に数多く点在する「鎮守の森」のスギの衰退、群馬県の赤城山のシラカバ林や神奈川県丹沢の大山のモミ林、ブナ林、奥日光のシラビソ林の立枯れ、またごく最近、山陰から北陸にかけての日本海沿岸側で、大陸からの汚染物質による酸性雨や酸性雪によると思われる被害がコナラ林に顕著に現れていると報告されている。
 中国地方にまん延する松枯れも、「松食い虫」による被害と言うよりも、実は大気汚染やそれが雨、霧や露にとけた「酸性雨・霧・露」や大気汚染そのものの影響の方が大きいことが指摘されている。
 現在、わが国における「酸性雨・霧」の被害は、まだ針葉樹や一部の広葉樹に限定されているが、このまま大気汚染が進めば、ヨーロッパのような事態に陥ることに疑いの余地はあるまい。しかし、酸性雨の影響は一朝一夕ではなく、数年、数十年にわたって序々に現れているくるもので、しかも表面化した時は既に手遅れ、といったもので、常日頃大気汚染、酸性雨の実態把握、調査を通じて注意を喚起し、対策を構じて行く必要があろう。
 大気汚染の原因であり、かつ温暖化の元凶である化石燃料に依存した現代社会のエネルギー政策の転換、経済優先から環境を基本にすえた社会システムや生活スタイル、価値観への抜本的改革を行うべき時期に来ているとも言える。
 以上のように「酸性雨」問題の学術的、社会的重大さは明らかであるが、今回の、「酸性雨調査」プロジェクトは、単に従来の酸性雨の調査に留まらず、面的な広がり、時間的継続性、インターネットという地球環境時代にふさわしいネットワークシステムを取り込んだ点が極めて先進的である。
 つづいて、この調査プロジェクトの具体的意義を教育的側面から述べる事にする。

(1)様々な地球レベルから地域レベルの環境問題の中で、未来を担う児童・生徒に眼を向けさせ、その実態を知りその解決の方向を考えさせる上で、「酸性雨」は比較的身近で、扱い易い教材であること。
(2)「酸性雨」調査を生徒の視点で、生徒が自ら行うことによって、生徒の能動的姿勢を引出し、酸性雨など環境問題へ積極的な学習意欲を高めること。
(3)全国の生徒と共同して調査を行っているとの連帯感を生み、共同学習の重要性や意義を認識させる。
(4)酸性雨の全国的分布状況を知ることから、酸性雨の発生メカニズムやその地理的、時間時間的動態を気象学との関連で理解し、リージョナル及びグローバルな視点から酸性雨問題を学際的に考える動機を与える。
(5)インターネットという最新のパソコン・ネットワークシステムに触れ、パソコンやこのシステムに対する理解を実際のオペレーションによって深め、それを習熟する機会を得る。また、これが一つのマルチメデイア時代に対応する能力を身に付ける機会ともなる。

 以上の意義に指導する教師が確信を持ち、実際に降っている酸性雨や大気汚染が具体的にどの様な被害を生じさせているのか、また将来引き起こすのかを生徒が自らの目で確かめたり、理解させること、パソコンやインターネットに慣れ親しみ、今後の環境に配慮した社会や情報化社会で将来先導的役割を果たせる生徒の育成を心がけるべきである。
 そのためにも、指導する教師には生徒の自主性を尊重し、その学習意欲、積極性を引き出す粘り強い姿勢が求められる。
 最後に、このような機会を与えて下さった、文部省、通商産業省、IPA及びCECに深く御礼申し上げる。また、実際にこのプロジェクトを遂行擦るにあたって、インターネットのホームページの作成や管理をして下さった三菱総合研究所科学技術センターの佐藤慎一氏に感謝する。
(この項は中根教授の「酸性雨調査の意義」をもとに編集したものです)