T.巻頭言
「酸性雨調査プロジェクトによせて」
広島大学総合科学部教授
中 根 周 歩
インターネットを利用した環境教育の一環としての「酸性雨調査プロジェクト」が発足して3年を経過し、一応の区切りとして報告書を取りまとめることになりました。情報化社会の到来といわれる現在、パソコンを用いて全国、全世界とアクセスするインターネットの利用は情報教育の面からしても大切な課題と言えます。さらに、人類存亡の危機といわれる地球環境問題を、身の回りの現象や問題を通して、児童、生徒が行動し考え、理解を深めて行くための一環としての「酸性雨調査」は環境教育の課題として比較的良く取り上げられているようですが、それはただ単に取扱い易いからということだけからではないと考えます。
先進諸国で大気汚染が深刻化した1960年代から70年代にかけて、わが国でも大都市や工業地域内で、ゼンソクなどの呼吸器傷害が多発し、また光化学オキシダントによって、校庭で運動していた児童、生徒が目眩で倒れるなどの人体への被害が顕在化しました。一方、当時大気汚染やこれに起因する酸性雨や酸性霧による自然生態系(森林)への影響は一部の工業地帯や大都市、またその周辺に限定はされていました。その後、わが国では脱硫装置の設置や自動車の排ガス規制などの努力によって、一時的には二酸化硫黄を主とする大気汚染は軽減されましたが、増大し続ける化石燃料の大量消費によって、雨・霧の酸性度は増し、その降雨範囲は広がり、大気汚染は慢性化してきました。最近は越境汚染がこれをさらに加速させていると思われます。そのため、わが国においても西欧や北米と同様に全国各地で森林被害が報告されるに至っております。酸性雨に代表される大気汚染による森林被害のメカニズムはけして単純ではなく、酸性雨そのものが生態系や人体に影響しているというよりも、その指標と見るべきでしょう。
現在、大きな問題となりつつあり、そして将来取り返しのつかない被害を引き起こすであろう酸性雨問題に生徒が身を持って取り組み、しかも北は北海道から南は沖縄まで全国の仲間と共同、連帯して、その実態を、気象や地理・地形、さらに地域、全国、国境を越えた人間活動との関連でより広域的に、複合的に考え、理解することを目指す今回のプロジェクトの環境教育上の意義は極めて大きいと言えます。確かに、生徒が測定した値の信憑性に疑問をもたれることも否定できませんが、今回用いた測定器の精度を考慮すれば、適切な指導があれば、十分信頼できるデータを得ていると見なせます。
今回の報告書は参加校すべてを網羅しているわけではありませんが、このプロジェクトに加わり、調査した生徒たちの努力、興味、感動がひしひしと伝わってきます。そして、このプロジェクトを通して、生徒だけではなく、教師も含めてインターネットや環境問題についてその知識や理解が大きく深まっていることを確信しました。さらに、今回のプロジェクト、そしてその得られた結果(データ)の科学的価値、評価はこれからさらに時間をかけて解析することによって、また今後も調査を継続するることによって、より一層明らかになることでしょう。