福岡教育大学教育学部附属小倉中学校の実践事例
住 所 北九州市小倉北区下富野三丁目121 郵便番号 802-0023
電 話 093-551-1638 FAX 093-512-1450 http://www-fue.fukuoka-edu.ac.jp/~fkokura/
総合的な学習を表すタイトル
教科・領域を横断する学習活動の工夫〜21世紀に活きてはたらく力の育成〜

キーワード

生きる力,環境国際理解健康福祉ボランティア横断テーマ
総合的な学習に対する考え方
21世紀の社会を生きていく子どもたちのためには,新しい多面的な価値観と新しい自分の生き方についての自分独自の考えを,一人一人の子どもたちの心の中にしっかりと構築していくことのできる授業実践が何よりも大切になってくるであろう。また,人類が直面している問題を取り扱うためには既存の教科によるカリキュラムだけでは困難である。
総合的な学習の目標(目指すもの)
環境,国際理解,健康,福祉・ボランティア等の現在および将来にわたって解決すべき課題に,子どもに直接的に向き合わせ,自己の在り方を考えていく学習活動を行う。現代社会の課題,身のまわりの切実な課題に挑戦しつつ,自ら人間としてどう生きるかを求めていくところに「教科・領域を横断する学習活動」ならではのねらいがおかれている。
総合的な学習の実践形態
「環境」,「国際理解」,「健康」,「福祉・ボランティア」の4つの横断テーマを設定し,各テーマごとに各教科,道徳,特別活動を問題解決的に関連づけ「認知的」「情意的」「価値的」「実践的」な探究過程によって問題を解決していく「教科・領域を横断する学習」を実践した。
推進組織
実践していく横断テーマ「環境」「国際理解」「健康」「福祉・ボランティア」に従って実践研究グループを組織し,グループ別研究会議の時間を設定したが,実施する上で複数教科の教師間での相談や意見交換が日常的なものとなっていった。
文献
平成10年度福岡教育大学・附属小倉中学校協同研究発表会資料
コメント(実践から参考になること)
教科,領域を横断する総合的な学習を実践したものである。4つの大きなテーマの中の数々の横断テーマが教科,道徳,特別活動を文字通り横断して設定され,実践された。学校の取り組みとしての全体研究構想はもとより,個々の実践例においても,極めて周到な計画と詳細な学習記録,綿密な分析が報告されており,実践テーマ,展開法のみならず,総合的な学習を考える上で非常に参考になる実践例である。


T 教科・領域を横断する学習活動のねらい
本校のいう「活きてはたらく力」は,人間の主体性の確立,自立を目指すものであり,本校教育理念でもある「創造的実践人」の育成につながるものである。人間の主体性の問題は,社会の変化にただついていけるかどうかではない。時代を超えて変わらない価値あるものをしっかりと身につけさせると同時に社会の変化に柔軟に対応しうる人間を育成していくことこそが重要である。すなわち,その社会の変化が,自分にとって,人間にとって,一体何をもたらすかをしっかり見て取り,判断し,自ら行動を選択し,その自らの行動に自己責任をもてるような,そんな主体的な人間性の確立が求められている。こうした社会の変化の指標を現代社会の課題として引き出したのが環境,国際理解,健康,福祉・ボランティア等の問題である。これらの現在および将来にわたって解決すべき課題に,子ともに直接的に向き合わせ,自己の在り方を考えていく学習活動を「教科・領域を横断する学習の時間」を設定して行う。いわゆる,現代社会の課題,身の回りの切実な課題に挑戦しつつ,自ら人間としてどう生きるかを求めていくところに「教科・領域を横断する学習活動」ならではのねらいがおかれている。
U 教科・領域を横断する学習活動の工夫
本校で行う教科・領域を横断する学習活動は,各教科,道徳,特別活動を縦糸とし,それらに横糸を通して横断し,関連づけていく編成法をとる。横糸として何を取り出し,関連づけるかについては,以下のようにまとめることができる。
一つのテーマを設定することによって,教科,領域等の関連をもたせる。
学習のねらいを教科,領域等で関連づけて子どもの見方,考え方を広げる。
ある教科の問題解決に別の教科,領域等の知識・技能・学習の方法が必要な場合,両者を関連づける。
導入やまとめなど単元の一部において教科,領域間に関連がある場合,両者を関連づけつつ,それぞれの学習へと導く。
そこで本校では,「環境」「国際理解」「健康」「福祉・ボランティア」の4つの横断活動に関して横断テーマを設定し,各テーマごとに各教科,道徳,特別活動を問題解決的に関連づけ「認知的」「情意的」「価値的」「実践的」な探究過程によって問題を解決していく「教科・領域を横断する学習」の実践を行った。それぞれの横断活動に対する学年毎の横断テーマを設定した。
また,「教科・領域を横断する学習」を進めていくに当たって,教科,領域間の学習を横断させる基本パターンとして次の2つを考えている。
[教科横断オープンエンド型] 
ある課題に対して,複数の教科が同一学級においてそれぞれの教科の側面から課題を追求していく方法で,単一教科の枠では解決できない問題等を発展的な課題としてリレー式に他教科へとつないでいくオープンエンド的な学習方法である。単元の導入の際の学習の動機づけ,または学習課題に新たな視点を加える際などが他教科へつなぐ場面として考えられる。課題をより多面的にとらえさせていくことができ,生徒の創造的思考力,表現力を高める上で有効な手だてであると考えられる。
[他教科援助型] 
教科の枠組みをそのままにして,関連する内容をクロスさせていく方法で,ある教科の授業の中で,他教科で学習した内容や専門的な知識を用いて学習を補充,深化していく学習方法である。具体的には,課題解決の過程において,他教科の様々な解決方法を活用できるように支援していく手だてとして考えていくことができる。
V 横断学習「環境」における横断テーマ「生活の中の電気エネルギー」の実践例

学年:二学年3学期 (社会理科技術科,特活)

1.横断のねらい

環境学習のトピック「資源・エネルギー」を視点に,生活の中で身近に関わる「電気エネルギー」の原理,しくみ,使用について,自然認識と社会認識の両面から実験やフィールドワークを通した問題解決についての探究活動に当たるとともに,実践的な提案をしたり,行動に取り組んだりすることができることをねらって横断的な学習活動を設定した。
学習活動を通して生徒の身につけさせたいこと
@ 環境や環境問題を積極的に究明するために,問題解決のための課題や方法を見いだす能力(環境についての問題解決能力)
A 自然環境の変化について継続的,数量的に調べ,その調査結果のデータをインターネットを通し て多くの学校や外国の子どもたちに発信するとともに,双方向で情報を交換し,環境の変化をグ ローバルな視点で考察してネットワークコンファレンスを行い,相互に討論し,理解を図る能力 (環境についてのコミュニケーション能力)
B 環境の保全活動や環境への創造活動を目指して,環境に配慮した行動(提案)や責任ある実践的 な態度(環境についての実践的な態度)
2.学習目標(横断的学習に関わるもの)
[技術科]
〇発電所について調査し発表する活動を通して,石油などの化石燃料や原子力からつくりだされた 動力で,日常使用している電力がつくりだされていることを説明することができる。
〇身近な電化製品の消費電力量の変化を資料をもとに比較し,電気エネルギーを有効に使用するた めの工夫について自分なりの考えを述べることができる。

[理科]

〇電流による発熱の実験を通して,電気が熱に変換できることをエネルギー的視点を踏まえて説明ることができる。
〇コイルのまわりの磁界を変化させて導線内に電流を発生させる実験を通して,力学的エネルギーから電気エネルギーをつくりだせることを確認することができる。
〇家庭内にある電化製品の消費電力量を調べる活動を通して,電気エネルギー的視点から自分たちの日常生活を振り返ろうとする。

[社会科]

〇自動販売機について調べる活動を通して,自分たちが住んでいる地域の環境問題について考えていこうとする。
〇身近な事象を例に,環境問題についての心がけや具体的な行動を,提案することができる。
〇自動販売機に関する統計表の活用やフィールドワークを通して,学習課題に関するデータを集めたりまとめたりすることができる。

[生徒会活動]

〇環境学習(横断活動実践2)を踏まえ,生徒会と連動した校内の電力有効使用の取り組みを行い,全校生徒に対して電力使用について資源エネルギー的視点にたった啓発活動を行う。
〇国内外の中学生とのテレビ会議システムを活用した環境サミットで,「生活の中の電気エネルギー」をテーマに自分の考えを述べたり,「資源エネルギー」に対する国内外の中学生の考え方にふれることで,環境問題についての心がけや具体的な行動を深く考えようとする。

3.横断的学習活動計画(表参照)

4.横断活動の実際

まず,横断活動1(社会科)では,生徒たちは,VTRCrisisoftheEarth(毎日EVR制作)を視聴し,2025年頃に100万人を突破するペースで進む人口増加およびあと4050年程で底をついてしまいそうな化石燃料の枯渇に関わる「資源・エネルギー」の問題が差し迫った深刻な問題であることについての認識を深めた。そこから,生徒たちが最も身近に関わる「資源・エネルギー」の問題として,電力に着目させ,「家庭ではどのくらい電力を消費しているのだろう?」というオープンエンド課題を設定し,次の横断活動へとつなげた。
次に,横断活動2(理科)では,生徒たちは,テレビ,冷蔵庫,エアコン,ドライヤーなど各家庭で使用している電気器具の明るさ・発熱の様子・モーターの回転などの特性を調べ,この結果と消費電力との関係を探り,電気が光や熱・運動に変換されていることに気づいた。また,ジュールの法則を利用して電力量から発熱量を算出した計算値と電熱線による発熱による実際の水の温度上昇の差から,電気が熱に変化するときエネルギーロスが生じることを確認し,電流と熱の移り変わりをエネルギー的な視点からとらえた。さらに,調査した電気器具の消費電力の総和と実際の使用電力量の比較から,電気器具の平均稼働率を算出し,日常生活の中でかなり多くの電気エネルギーを使用していることに気づいた。そして,これらの学習を踏まえ,生徒たちは,節電について自分なりのテーマや方法を設定し,自宅で1日の使用電力がどのくらい節約できるのかを実験的に調査し,レポートにまとめた。この活動の後,生徒たちの視点を屋外での電力に向けさせるため,「屋外で電力をむだに消費していることはないか?」というオープンエンド課題を設定し,次の横断活動へとつなげた。
横断活動3(社会科)では,屋外で電力がむだに消費されているのではないかと考えられる例として自動販売機について調査した。まずは,学校または自宅周辺の地図(25千分の1は用いられなかったため,ゼンリンの地図を使用)を用いて歩いて5分程度の範囲を設定し,調査計画を立てた。計画の内容としては,台数,商品,メーカー,どんな場所か,どんな人が利用するか,1日にどれくらい売れるか,どれくらい電力を使うかなど自動販売機設置状況についての視点を準備してフィールドワークに当たった。生徒たちは,このフィールドワークから自動販売機の必要性についてグループで話し合い自分の考えをまとめた。これらの活動の後「電流,電力はどのようにしてつくられるのだろう?」というオープンエンド課題を設定し,次の横断活動へとつなげた。
横断活動4(理科)では,コイル内に置いた磁石を動かせ,導線内に電流を発生させる(電磁誘導)実験を行い,磁石の動き(磁界の変化)と発生する電流の向き・大きさ(誘導電流の様子)との関係に気づいた。また,この実験結果から発電器の原理を推測しモデルをもとに説明することで,電気エネルギーを発生させるのに物理エネルギーが使用できることを確認し,発電のしくみについてまとめた。
この活動と平行して横断活動5(技術科)では,発電所についての調査活動を行い,生徒たちの意識を日常生活で使用している電力に向けさせた。生徒たちは,代表的な発電方法(火力・水力・原子力・風力・太陽光発電)について紹介しあい,その中から自分が調べたい方法を選択して5人から8人のグループを作った。このグループで発電のしくみや環境に対する影響や配慮についてまとめ,発表を行うに当たって資料の収集にインターネットを利用した情報検索をしたり,九州電力の営業所に話を聞きに行ったりした。また,実際に発電所の見学まで行った生徒もいた。そこで得た情報や案内パンフレットで発表の内容をグループで検討しTPや模造紙,資料プリントを作成し発表会を行った。
この活動の後,学習した様々な発電方法のうち,環境にとって大きな問題をかかえているものは何かという調査をした結果,火力発電の温排水22名,火力発電の排気ガス74名,原子力発電の放射性廃棄物69名であった(複数回答可,のべ人数)
さらに,カタログなどの資料から消費電力量の変化を比較し,工夫されている点を見つける活動に取り組んだ。この活動では,様々なメーカーの暖房機器(ファンヒータ・電気カーペット・エアコン)や冷蔵庫,洗濯機の生活の中で身近にある電気機器のカタログや新間広告などから省工ネルギーや環境に配慮した設計や取り組みを探し出し,班での討議を経て個人単位でレポートにまとめた。カタログについては,環境に配慮した観点がはっきりしたものを選択し資料とした。
横断活動6(社会科)では,これまでの「資源・エネルギー」についての学習を踏まえ,電力の有効活用について自分たちができる工夫・アイディアを一人一人の生徒すべてが提案しあった。この発表活動は,お互いが提案したアイディアの「よさ」を認める立場から工夫点や改善点などを述べあうようなフォーラム形式で進めた。
横断活動7(特別活動)では,199712月に開催された地球温暖化防止京都会議(COP3)での取り決めを踏まえ,地球規模で環境問題についての認識を深め互いの考えを交換することをねらいに,京都教育大学附属桃山中学校を基点に同桃山小学校,上海日本人学校,ジャカルタ日本人学校,デュッセルドルフ日本人学校の各学校と環境問題や環境学習についてのテレビ会議を行った。議題については,「環境学習」,「ゴミ」,「リサイクル」,「車,交通」,「エネルギー」の項目が取り上げられ,16時から19時近くまで約3時間にわたって,白熱した意見交換を行った。
生徒たちは,ヨーロッパで進んでいる廃車のリサイクルシステムやドイツではどこにでも見られるカプセルのようなごみ箱による分別・処理システム,ジャカルタ市内の交通渋滞や学校・オフィスが冷えすぎるくらい効いているエアコンの使用状況,また,上海で主要なエネルギーとして一般に使用されている石炭から出る排煙の状況といった,詳しい様子,新しい動き,生活してみてはじめてわかる発見や悩みなど,学校での学習だけでは学べないことについてうかがい知ることができた。

5.実践の成果と課題

成果

横断活動2の活動は日常知と学校知の融合に有効に機能した。
横断活動7は,横断活動1〜6の成果を,テレビ会議を通じて海外の中学生に伝えることにより,「環境についてのコミュニケーション能力」を高める上で有効に機能したと考えられる。
横断活動1〜6は,生徒が自己の解決プランを提案することにより,「環境についての実践的な態度」を育む上で有効に機能したと考えられる。

課題

横断活動2では新たな問題解決へ向けて獲得した知識や技能の転用が少なく,科学的概念が自発的概念に内化する過程が不十分であったと思われる。今後は生徒の特性に応じた主体的・能動的 活動(課題研究・調査活動・野外観察)をなるべく多く経験させることが必要であろう。
横断活動7は,テレビ会議には,数名の学級代表生徒しか参加できなかった。より多くの生徒が参加できるようなコミュニケーション活動を設定しなければ全体の「環境についてのコミュニケ ーション能力」を高めることができない。
「環境についての実践的な態度」を育む上で「責任感」を踏まえた提案力を育むには,本実践での横断活動だけでは不十分なため,今後の学習においても環境問題に関わって自己のプランを提 案する機会を設定していく必要がある。