■ 広島大学附属福山中・高等学校の中高一貫教育 ■


6 中高一貫教育のこれからの展望 

 1997年6月に出された、中央教育審議会第二次答申「二一世紀を展望した我が国の教育の在り方について」の第3章において、中高一貫教育についてふれ、その導入の是非は今日的にきわめて重要な課題となっていると述べられている。
 答申の中では中高一貫教育が、子供にとってゆとりのある、出来るだけ多様な教育を提供出来るシステムになるよう、様々な教育的課題を解決するための、具体的な提言がおこなわれているが、当校の中高一貫教育の内容はこのような方向性に一致するものと考えている。
 1986年から4年間にわたって、文部省から研究開発学校の指定をうけ、中高一貫教育の質的な分析を「自己教育力の育成」の観点から、因子分析の手法を用いて行ったが、その結果は今回の答申の理念を十分満足するものであった。その一部をここで紹介し、これからの中高一貫教育を考える上での、基本的な資料と位置づけたい。

1.自己評価の基準の変化

 中高6年間を一貫して、生徒が自己を評価する力は、周囲の社会生活への適応と深くかかわっている。生徒がどれだけ社会に適応してきたかということが、自己を評価する尺度を決める ことになる。しかし詳しく調べてみると、中学校から高等学校に進むにつれて、評価の基準が変化していることがわかる。
 中学校段階では、自己の統制は自己自身の内面からの欲求として行われるのではなく、たとえば「勉強をしなければならない」という一般的な社会的観念によって行われる。しかし高校2年以後では、「私は今のままの自分ではいけない」、「始めたことは最後までやりとげたい」と考えられるようになり、自己自身のあり方に対する批判が自己の統制としてはたらくようになる。6年間の最初のころは社会一般の観念によって自己を評価するが、次第にそれに疑問をもち、やがて自己の評価の基準を、自分で持ち始めるという方向に成長してゆく様子をうかがうことが出来る。

2.自己の向上への意欲や目標意識の変化

 中学1年から6年間、当校で学習する集団(当校では2クラスの生徒が高等学校の段階で入学)について、6年間を通して目標意識の変化を分析してみると、次のような特徴があることがわかる。
 自己の向上への意欲や、目標意識が強く現れるのは中学3年と高校3年である。中学から高校へ、高校から大学へ、あるいは高校や大学から社会に進もうとする節目のときに、目標の感覚と意識が生徒の自己教育性をささえていることがわかる。とくに中学3年生の時強く現れていることに注目しなければならない。中高一貫教育をおこなっている学校においても、高校進学は大きな節目として、生徒の成長発展に深くかかわっている。
さらに、目標意識についてくわしく考察してみると、6年間の前半である中学校段階から、後半である高等学校段階にかけて、目標意識を支配する要因が変化することが確かめられている。つまり、高等学校段階に入った時期に、中学校段階で保有してきた目標意識が大きく揺らぎ、新たな目標意識を模索するのが高等学校1年生の段階である。高等学校段階の目標意識は、高等学校3年生になってようやく明確化するのである。すなわち、社会的評価に動機づけられた向上意欲を6年間一貫してもちながらも、中学校段階の目標意識と高等学校段階の目標意識はかなり異なり、その転換点が高等学校1年の段階である。

 これからの中高一貫教育を設計していく上で、上に述べた生徒の目標意識の変化についての事実は非常に重要である。中学校・高等学校の段階において、生徒の自己評価の基準や目標意識は、生徒の発達に応じて大きく変化している。学校教育はこのような変化に、フレキシブルに対応出来るものでなければならない。6年間の教育活動の中にいくつかの節目をもうけたり、生徒の進路の変更に対応できる柔軟なカリキュラムが準備される必要がある。懸念されている受験を中心においた中高一貫教育や、6年間を通して、限定された教育目標に従ったカリキュラムを実施する教育は、大きく変化する年齢層の子供を対象にするプログラムとしては、適切でないと考えられる。答申に示されている「じっくり学びたい子供たちの希望に答える学校」こそ、中高一貫教育のめざすものでなければならないであろう。
 その教育プログラムのなかに、体験を重視する学習・地域に関する学習・国際化に対応する教育・情報化に対応する教育・環境に関する学習・伝統文化の継承のための教育等が、効果的に組み込まれていくことが理想の形ではないだろうか。

おわりに

 6年間、生徒がのびのびと自由に学習出来る学校は、自由な雰囲気のなかで、学校が準備した多様なプログラム(授業以外の分野もふくめて)に生徒が参加し、その中から自分の目標や価値観を育てていくことが出来る学校でなければならない。教育の効率からすれば、ずいぶん非効率的で無駄の多いプログラムかもしれないが、6年間という時間はその無駄をプラスに変えてくれるものと考えたい。そういった意味からも当校の中高一貫教育の実践は、一般的な中学校・高等学校のカリキュラムを実施する学校での実践として、参考にしていただけるのではないかと考えている。


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