文部省高等学校教育課程研究指定校 研究成果報告書 広島大学附属福山高等学校
V.各教科の研究内容の要旨 |
(1)国語科 |
1.研究主題 「総合的な学習活動における評価を探る国語科教育」
2.研究実践の内容
(1)研究のねらい
次の点に留意し、必修科目「国語T」の指導法を研究した。
@ 思考力を伸ばし、表現力を高めることをねらいとする。
A 進んで読書をする態度を身につけさせ、古典に親しむ態度を養い、言語文化に対する関心をめ、豊 かな心を持って生きる人間の育成を図る。
B 内容を精選し、生徒の学習意欲を高める教材を工夫する。
C 生徒の学習活動を生かした指導法を工夫する。
(2)授業の内容
@ 古典旅行 奈良県明日香の旅―『万葉集』を教材として―
自らの読みを基にして、「感じ」「考え」ていくことのできる学習活動の一つとして、 1997年3月に高校一年生を対象にして実施した。 留意点は次の通りである。 ・現地を訪れる前に、万葉集の歌を十分に読み、イメージを膨らませる。 ・明日香の地への「先入観」を、明日香の地で検証する。A 新書をまるごと読む―鈴木孝夫著『教養としての言語学』のばあい―この岩波新書を高校一年生にまるごと読ませようとする授業において、留意したことは以下の通りである。
・『教養としての言語学』を読むことの必然性を確認する。
・一冊まるごと読む喜びを説く。
・生徒の提示する読みを尊重する。
・読みの方向性を定める。
・教室において読みを交換する。
(3)評価
@ 古典旅行 奈良県明日香の旅―『万葉集』を教材として―
作品と風土との関係をより深く感じることにせよ、文学の虚構性を発見することにせよ、古典入門期の教室での授業だけではなかなか到達困難なことである。しかし、実際にこの「古典旅行」に参加し、明日香の地を尋ねるという体験が、生徒の読みを深化させたのは事実である。
A 新書をまるごと読む―鈴木孝夫著『教養としての言語学』のばあい―
生徒の読みは、実に多様なスタイル、豊かな内容のものとなっている。「まるごと読む」という学習は、かなり知的な刺激を生徒に与えた。
最終的には、「『教養としての言語学』を読む」という冊子(*写真)に集められたお互いの読みを皆で読んでいくのだが、その中では、各自、自分の読みの位置を知り、修正し、次へ向けての主体を作り直していくことになる。
3.今後の課題
総合的な学習活動を生かし、評価も総合的な形で行ってきたが、分析的な評価も必要である。具体的な学習目標を設定し、それぞれの目標について達成度をみる評価をし、学力をより確かなものに育てていく方法を研究していきたい。
(2)地理歴史科 |
[地 理]
1.研究主題 「地理学習における「地域調査」のあり方とその評価方法の研究」
2.研究実践の内容
(1)研究のねらい
科目地理の基礎的学習であり,重要な単元である「地域調査」を研究としての学習としてとらえ,その学習内容,方法および評価のあり方について具体的に提示する。
(2)授業の内容・指導方法など
「地域調査」の課題克服のため,地理の授業と「地域調査」の接点として「教師による地域調査」の授業を実施する。これは,生徒による「地域調査」の導入,その具体案及びその方法の具体的な明示でもある。この授業では広島県府中市をとりあげ,その工業機能がその地域変容としての都市化への影響を具体的に理解することを目的とした。
(3)評価について
この「地域調査の授業」における評価のポイントは,特に生徒が授業内容の理解,とりわけ説明的概念的知識を習得できたか,ということと生徒が適切な地理的発問をし,地理的なテーマを設定することができたか,という2つの点にある。
(4)今後の課題
授業でとりあげた地域が身近な地域であることは,この学習への生徒の興味・関心を喚起する点で意義があった。この学習の大きな目的である生徒による地理的テーマの設 定が生徒にとって以外と難しいことが明らかとなった。これは,地理的発問の技能という地理教育の最も重要な技能であり,その指導法の改善は今後の課題となっている。
[歴 史]
1.研究主題 「歴史学習における「意志決定」のあり方とその評価方法の研究」
2.研究実践の内容
(1)研究のねらい
歴史学習における「意志決定」を,社会認識を通して公民的資質を育成するための有効な方法と考え,「意志決定」を行う際の基本原理と問題点を明らかにし,授業構成のあり方と評価の方法を考える
(2)授業の内容・指導方法など
越後国新発田藩を例にとり,藩が藩内や藩外に抱えていた問題点とその解決策を分析・考察することを通じて,幕末の社会情勢を理解する。問題把握・問題分析・達成目標・解決策・論理的結果予測・選択と根拠付けという過程を通じて実際の結果を参照する。
(3)評価について
教師によって説明された社会情勢の理解を前提とするため,評価の形式は第1段階としてテスト形式,第2段階として生徒同士の討論という形式をとる。
(4)今後の課題
具体的な事例として取り上げた幕末の小藩新発田藩の改革とその動きは,当時の社会 情勢の正しい理解のために有意義であったが,第1段階の評価による共通理解の上での討論のポイントは,「行為・行動の合理性」をいかに理解するかにかかると思われる。
(3)公民科 |
1.研究主題 「人間としてのあり方生き方についての自覚を育てる学習とその評価」
2.研究実践の内容
(1)研究のねらい
本研究は,学習指導要領に示めされた公民科の目標に見られる新しい表現の部分である「人間としてのあり方生き方についての自覚を育て」に注目し,「政治・経済」と「倫理」の二つの科目でそれぞれ具体的な内容を採り上げて,目標に沿った授業のあり方についての研究を目指している。
「政治・経済」では,「内容(2)現代の政治と民主社会」を中心に,主権者として政治に対する関心を高め,主体的な参政のあり方について考えさせるための指導計画,教材の選択,学習評価についての研究を進める。
「倫理」では,「内容(3)国際化と日本人としての自覚」を中心に,日本列島の思想や文化に対する関心を高め,他の内容との関連を持たせながら「人間としてのあり方生き方について」の思索を深めさせるための指導計画,教材の選択,学習評価についての研究を進める。
(2)授業の内容・指導方法など
政治・経済 諸課題について関心をもたせるためには,授業の内容と関連の深い,新聞・テレビなどのマス・メディアを通して報道される時事問題等を根気よく紹介することにより,様々な問題について眼を向け自分なりに考え評価させるる時間的余裕を授業の中に設定した。様々な問題についての自己評価を伴う探求心は,知的好奇心をも喚起させ,自ら問題を発見し・考察し・自己評価して行く習慣を作ることにつながると考えられる。
倫理 日本人としての自覚は,生徒たちにとって当たり前のことであるだけに,対象化することが難しく,パターン認識に引きずられている傾向が強い。そこで,あらかじめ措定された日本思想・伝統を提示する授業ではなく,「内容(2)現代社会と倫理」に示されている項目「自然や科学技術と人間のかかわり」を学習する際に,日本列島における事例も提示する内容構成を選んだ。その際,出来る限り,日常生活を題材とした資料を用いることにした。
(3)評価について
政治・経済 関心の深い時事問題と,その問題についての自己および他人の考え方,自己の公民的資質に対する自己評価の調査を行い,次の4段階で評価することを試みた。合理的な自己の考え方をもち,同時に対立する他の考え方も紹介できる。自己の考え方のみを展開している。問題についての一般的な考え方のみの紹介で,自己の主張が明確でない。何らの考え方も紹介できない。
倫理 小単元のまとめを授業者が提示した資料を手掛かりに生徒自身がつくり,それを次の3段階で評価することを試みた。資料そのものの理解にとどまる・身近かな事例や現代社会のあり方と関連させての理解ができている・自分自身の課題も設定できている。
(4)今後の課題
政治・経済 生徒間での意見交換による公民的資質の育成など。
倫理 日本伝統と呼ばれる思想の時代性・社会性を相対化できる内容構成など。
(4)数学科 |
1.研究主題 「新しい学力観にたった授業実践とその評価」
2.研究実践の内容
(1)研究のねらい
本研究は、高等学校「数学T」における2次関数の内容を題材とし、新しい学力観にたった数学授業というものを念頭に置いた教育活動を行う中で、生徒の活動というものに焦点を当て、新しい学力観にたった数学授業の効果、また、評価を含めた形での今後の方向性を考察することをねらいとしている。
(2)2次関数の指導実践例
◆具体的な操作や実験を通して授業を展開するもの
滑車を用いた落下実験を行い、2次関数を体験した。落下距離と時間の関係をグラフ化することによって、日常生活の中に現れる現象としての2次関数を感覚的に捉えることができた。
◆教科書の流れとは異なる概念形成に関するもの
2次関数のグラフの構成に関して、従来からの方法ではなく、2乗に比例する関数のグラフと、1次関数のグラフの合成という方法をとった。y=ax2のグラフにいろいろな1次関数のグラフを合成させることによって、グラフが平行移動をすることが、実感として捉えられた。
◆コンピュータを用いた活動に関するもの
コンピュータを用いて2次関数のグラフの特徴を探る授業展開をした。視聴覚的な教具としての使用のほかに、生徒自らがコンピュータを操作して2次関数の特徴を見つけようとする試みの中から、「2次関数 y=ax2+bx+c の係数の変化によるグラフの変化」という課題が生徒の側からもたらされ、この課題に取り組むことによって、2次関数の概念をより深化させていく生徒が多く見られた。
(3)新しい学力観にたった評価の方法について
新しい学力観にたった評価をどのように行っていくのかという問題に対して、本研究においては、評価の在り方というものを再考するとともに、新しい学力観にたった評価のために、「評価とは教育効果を高めるためのものである」という基本的姿勢をとり、レポートや普段の授業における生徒の活動を積極的に評価に取り入れていくことを提唱している。
3.まとめと今後の課題
新しい学力観にたった数学授業を展開していく中で、次のようなことが明らかになった。
◆常に授業においては、数学的活動の中心に生徒を位置づけることが肝要である。
◆コンピュータという道具は、生徒が自ら操作することによって、数学的事象を考察して いくという「思考の道具」としての可能性が非常に高い。
このような結果をもとに、今後より充実した教育実践を行っていくとともに、新しい学力観にたった数学授業というものをより体系的にまとめていくことが今後の課題である。
(5)理科 |
1.研究主題 「生徒の知的好奇心や探究心を高める総合理科の実践」
〜総合理科の課題研究における自己評価と相互評価の試み〜
2.研究実践の内容
(1)研究のねらい
これからの理科教育では科学的素養を深めることが重要である。そのためには知識偏重にならないように配慮しつつ,生徒の知的好奇心を高め,問題解決能力や科学的態度などのさらなる育成を図らねばならない。したがって,次代を担う生徒にふさわしい科学概念や教材を厳選する必要がある。当校で実施してきた総合理科では,この視点に立ち,生徒の探究活動,課題研究を中心に取り組み,問題の把握,仮説の設定,実験計画,実験・観察の技能,結果の処理,データの解釈・推論,一般化などを重要視してきた。 本研究では,総合理科において,生徒の知的好奇心や探究心を高めるために,地域の自然や社会と連携した学習,個性を育てる活動,総合的・横断的取り組みを通して,判断力や思考力,情報収集能力,科学的かつ総合的な見方・考え方を身につけさせるという目標を掲げ,自己評価や相互評価を学習活動の中に取り入れた実践を行い,その取り組みに対する評価を行った。
(2)当校の理科教育課程と総合理科の内容について
当校理科では1年次に必修で,「科学の成り立ち」「科学の方法と理論の実際」「エネルギーを中心に据えた総合的な学習」「人間と科学」の4領域からなる総合理科をおき,実験や観察のみならず,課題研究を重視し自然に対する科学的な思考力の育成を図っている。そして,1年終了時に総合理科で学習した内容を勘案して2年次以降で理科の各科目を選択履修させているが,生徒の意識調査からもこの教育課程に対する賛同を得ている。
(3)課題研究におけるロールプレイの導入と自己評価・相互評価のフィードバック効果
生徒の積極的な学習意欲を高めて問題解決能力を育てるための評価方法を探ることを中心的課題とし,「地震とその災害」の単元において,ロールプレイと自己評価・相互評価を組み合わせた評価方法の実践的研究を行った。ロールプレイを導入することにより自己評価・相互評価の個々の生徒へのフィードバック効果を高めることをねらいとした。
(4)教室内LANを利用した相互評価の実践
総合理科の授業においては「地震」をテーマにインターネットのWWW(ワールドワイドウェブ)の情報を用いてレポートを作成する課題研究を過去3年間にわたって行っている。この課題研究をさらに発展させた形として,1997年度はレポートをインターネットの情報発信に使われているHTML言語で記述させ,教室内のコンピュータネットワーク(LAN) を用いて発表させることにした。さらに,それぞれのレポートの最後に電子掲示板を設け,レポート作成者に対するメッセージを記述できるようにし,生徒どうしの相互評価を試みた。
(5)相互評価についてのアンケート結果と考察
アンケートをもとに,情報処理能力,問題解決能力および総合化能力を育てるためには,専門化された物理,化学,生物,地学などの学習のみでなく総合理科のような科目が必要であることが明らかになった。
3.まとめと今後の課題
本研究を通して,生徒に知的好奇心,探究心などの高まりがみられたが,広島大学教育学部,武村重和教授からも「当校の理科教育の実践の評価は,教育課程審議会の中間のまとめにおいて,理科教育の改善事項として提案されているもので,本研究は,先導的な研究として高い価値を持つものである。」との評価を得た。今後も総合理科において,問題解決能力や総合的なものの見方を培うために,メディア操作能力,情報処理能力,情報活用能力の育成や総合化の能力,判断や意思決定の能力,表現や討論をする能力の育成を目指したい。